『進撃の巨人』という作品は、巨人の恐怖だけでなく、人間の狂気や業を描いた深いドラマとして世界中で愛されています。
その物語の後半、マーレ編以降で強烈な存在感を放ったキャラクターといえば、やはりイェレナでしょう。
彼女は、ジーク・イェーガーの信奉者としてパラディ島勢力に接触し、物語を大きく動かすキーパーソンです。
しかし、読者の記憶に最も深く刻まれているのは、彼女の巧妙な策謀でも、長身のスタイルの良さでもありません。
そう、あの「一度見たら絶対に忘れられない顔」です。

あの見下ろすような表情、夢に出てきそうで本当に怖かった……。
ネット上では「顔芸」とまで呼ばれ、ミーム化するほどのインパクトを与えた彼女の表情。
一見するとただの「怖い顔」ですが、実はその裏には、彼女の歪んだ信念や、物語の根幹に関わる重要な心理描写が隠されています。
なぜイェレナの顔はこれほどまでに私たちの心をざわつかせるのでしょうか?
なぜあそこまで極端な陰影とタッチで描かれる必要があったのでしょうか?
今回は、イェレナの「顔」を徹底的に解剖し、その作画の意図から、表情の裏に隠された深層心理までを、原作・アニメの両面から深掘りしていきます。
彼女の正体と「顔」の関係性を紐解いていきましょう。
この記事のポイント
- イェレナの顔が「トラウマ級」と言われる視覚的な理由と演出技法
- 原作29巻とアニメ77話で描かれた伝説の「顔芸」シーンの詳細分析
- MAPPAによるアニメ版の演出が加えた新たな「恐怖」の要素
- 表情の急変から読み解くイェレナの「狂信」と「本性」
- 「美人」と「不気味」の境界線にある彼女のデザインの秘密
※ネタバレ注意
この記事には『進撃の巨人』のアニメおよび原作コミックスに関するネタバレが含まれています。
未読・未視聴の方はご注意ください。
イェレナの顔が怖すぎる!作画と演出から見る恐怖の正体とインパクト

進撃の巨人のキャラクターの中でも、イェレナほど表情の振り幅が激しい人物はいません。
まずは、彼女の顔がなぜこれほどまでに読者に衝撃を与えたのか、その視覚的な特徴と演出の妙について詳しく解説していきます。
ここでのポイント
イェレナの顔が怖いと言われる理由
イェレナの顔が「怖い」と言われる根本的な理由は、「予測不可能性」にあります。
通常、漫画のキャラクターの表情はある程度予測がつきます。
怒っているときは怒った顔、悲しいときは悲しい顔。
しかし、イェレナの場合、その文脈から逸脱した表情を唐突に見せることがあります。
静かに話していたかと思えば、次のコマでは背景が真っ黒になり、目を見開いて相手を威圧する。
この「落差」が、読者の心臓を鷲掴みにするのです。
また、諌山創先生の画力が後半につれて劇画調に進化していったことも大きな要因です。
特にイェレナのアップのシーンでは、少女漫画のような繊細なタッチから、突如としてホラー漫画のような太く荒々しい線に切り替わります。
この「画風の暴力」とも言える演出が、彼女の異質さを際立たせているのです。
イェレナの顔芸(インパクト場面)
ファンの間で「顔芸」と称されるシーンはいくつかありますが、それは決して笑いを取るためのものではありません。
それは、彼女の感情が許容量を超え、仮面が剥がれ落ちた瞬間の露呈です。

ネットではコラ画像なんかも作られて愛されていますが、本編で読んだ時は本当に背筋が凍りました。
代表的なインパクト場面を整理してみましょう。
イェレナの顔が話題になった名シーン
やはり特筆すべきは、原作29巻(第118話「騙し討ち」)およびアニメThe Final Season Part 2 第77話での、アルミンに対するあの表情です。
状況をおさらいしましょう。
牢屋に閉じ込められたアルミンたちが、イェレナを信用させるために一芝居打つシーンです。
アルミンが「エレンの安楽死計画に感動した!僕らにはそんな真似できなかった!」と嘘泣きをしながら訴えます。
その言葉を聞いた瞬間、イェレナは背後からアルミンを覗き込みます。
この時の顔が、伝説の始まりでした。
通常の漫画的表現であれば、「疑いの目」や「驚き」で済むところです。
しかし、諫山先生が描いたのは、「嘘をついていたら、その喉笛を食い破るぞ」と言わんばかりの、人間離れした捕食者の顔でした。
極端な三白眼、鼻梁に落ちる濃い影、そしてへの字に曲がった口。
この一コマだけで、イェレナという人物がどれほどジークの計画に命を懸けているか、そしてそれを愚弄する者を絶対に許さないという狂気が伝わってきます。
そして直後に、「素晴らしいですね」と満面の笑みに戻る切り替えの早さ。
この一連の流れこそが、進撃の巨人という作品の緊張感を最高潮に高めました。
まだ原作であの筆致を見ていない方は、ぜひ単行本を手に取ってみてください。印刷物ならではのインクの圧を感じるはずです。
アニメと原作で顔の違いはある?
アニメ化にあたり、制作スタジオMAPPAはこのイェレナの表情をどう再現するのか、ファンの間で大きな注目が集まっていました。
結果として、アニメ版は原作とはまた違ったベクトルで「最恐」の演出を見せてくれました。
原作が「線画の書き込み量と勢い」で圧を出していたのに対し、アニメ版は「静寂とタイミング」で恐怖を演出しました。
アルミンが振り返った瞬間、BGMがフッと止まり、環境音だけが残る中、画面いっぱいにイェレナの顔が映し出されます。
陰影のコントラストが強調され、瞳の中のハイライトは完全に消え失せていました。
さらに、イェレナ役の声優・斎賀みつきさんの演技が凄まじかったのです。
低音でドスの効いた声ではなく、あえて抑揚を抑えた静かなトーン。
それが逆に、底知れない不気味さを醸し出していました。
ここでのポイント
- 原作:劇画調のタッチと集中線で、勢いと迫力を重視。
- アニメ:照明効果(ライティング)と「無音」の演出で、生理的な不快感を強調。
- 共通点:どちらも、読者・視聴者に「こいつには勝てない」「関わってはいけない」という本能的な警告を発している。
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初登場時の顔の印象とギャップ
イェレナの初登場は、原作25巻(第99話「疾しき影」)。
この時、彼女は付け髭をしてマーレの兵士に変装し、ポルコやピークを罠にはめました。
当時の読者の反応は「怪しいモブ兵士がいるな」程度のものでした。
まさかその兵士が、長身の美女であり、後にあんな顔を見せる狂信者だとは誰も予想できませんでした。
付け髭を外し、素顔を晒した時の彼女は、非常に整った顔立ちをしたクールビューティーです。
ショートカットが似合う中性的な美貌。
この「本来は美しい顔」という前提があるからこそ、それが崩れた時のグロテスクさが際立つのです。
美しい器に毒が入っているような、そんな危険な魅力を彼女は持っています。
表情が急変するシーンまとめ
イェレナの表情の変化には、一定の法則があります。
彼女は基本的にはポーカーフェイスで、感情を表に出しません。
しかし、「ジークへの忠誠心」と「計画の遂行」という二つのスイッチが押された時だけ、感情が暴発します。
例えば、ドット・ピクシス司令との会談シーン(原作27巻)。
テラスで椅子に座り、ピクシスと言葉を交わす彼女は、口元には笑みを浮かべていますが、目は全く笑っていません。
これは「外交用の仮面」です。
一方で、レベリオ襲撃時の飛行船の中や、シガンシナ区の屋上でジークの叫びを聞いた時は、まるで少女のように目を輝かせます。
そして、計画を邪魔する者には般若のような顔を見せる。
この「外交用の顔」「崇拝者の顔」「処刑人の顔」の三つを使い分けていることが、彼女の多面性を生んでいます。
目つきが鋭い演出の意図
イェレナの目は、しばしば「三白眼(黒目が小さく白目の部分が多い状態)」として描かれます。
人相学的に、三白眼は凶暴性や執念深さを表すと言われることがありますが、イェレナの場合は「視野の狭さ」を象徴しているようにも思えます。
彼女の目には、ジークという一点しか映っていません。
周囲の人間や、犠牲になる人々のことなど、彼女の視界の端にも入っていないのです。
その鋭い視線は、獲物を狙う猛禽類のように、ただひたすらに目的だけを見据えています。
作画で印象が変わった回
連載当時、イェレナの顔つきは回を追うごとに変化していったように感じます。
登場初期はどこか飄々とした「食えない人物」という印象でした。
しかし、物語が核心に迫るにつれ、彼女の顔からは余裕が消え、必死さと狂気が滲み出るようになっていきました。
特に、エレンが地鳴らしを発動させ、ジークの計画が崩壊した後の彼女(原作32巻あたり)は、それまでの覇気を失い、幽霊のような顔つきになっています。
この作画の変化は、彼女の心の支えであった「ジークという神」の喪失とリンクしており、非常に痛々しくもあります。
顔の陰影が強い演出の狙い
諫山先生は、イェレナを描く際、極端なライティングを用います。
上からの光で目の周りが暗く落ち窪んで見えたり、逆光で顔全体が影になったり。
これは、彼女が「日の当たらない場所」で暗躍する存在であることを視覚的に伝えています。
また、顔に濃い影を落とすことで、表情を読み取りにくくし、読者に「何を考えているか分からない不安」を植え付ける効果も狙っているでしょう。
彼女の顔の影は、そのまま彼女の心の闇の深さなのです。
表情から読み解くイェレナの深層心理!狂信と本性を徹底考察

ここまでは、イェレナの顔の「怖さ」という視覚的な側面に焦点を当ててきました。
ここからは、なぜ彼女があのような表情をするに至ったのか、その内面にある心理や性格、そして物語における役割について深く考察していきます。
彼女の顔は、単なる威嚇ではなく、彼女の人生そのものを映し出す鏡なのです。
ここでのポイント
イェレナの表情が読めない理由
イェレナの表情が読めない最大の理由は、彼女が「自分自身を偽り続けているから」です。
物語の後半で明らかになりますが、彼女は「故郷をマーレに奪われた小国の人間」だと自称していましたが、実際は一般的なマーレ人の家庭で育った人物でした。
彼女は、退屈な自分自身の出自を捨て、悲劇のヒロインとして、そして歴史を動かす英雄の一員として振る舞うことを選んだのです。
つまり、彼女が見せている表情の多くは、彼女が作り上げた「理想の自分」としての演技が含まれています。
どこまでが本心で、どこからが設定なのか。
その境界線が彼女自身の中でも曖昧になっているため、外部の人間には決してその感情を読み解くことができないのです。
感情が見えない無表情の怖さ
彼女の無表情は、感情の欠落ではなく、「感情の抑制」の結果です。
彼女は自分の目的のためなら、同胞を殺すことも、恩人を裏切ることも厭いません。
その際、いちいち罪悪感や迷いを感じていては、任務は遂行できません。
だからこそ、彼女は鉄の理性を働かせ、感情をシャットダウンして「無」になります。

ピクシス司令との会話でも、彼女はまるでチェスを指すように冷徹に言葉を選んでいましたよね。
この「人間味の排除」が、対峙する人間に「話が通じない相手」という恐怖を与えます。
怒り顔が出る瞬間とその背景
先述した通り、イェレナが激昂するのは「ジークの計画」に関わる時だけです。
なぜそこまで怒るのか。
それは、彼女にとって安楽死計画が「自分の人生の意味そのもの」だからです。
嘘で塗り固めた彼女の人生において、唯一の真実は「ジークと共に世界を救った(終わらせた)」という実績だけ。
それを否定されることは、彼女の存在意義そのものを否定されるに等しいのです。
アルミンへのあの顔は、「私の人生を汚すな」という魂の叫びだったのかもしれません。
狂気を感じる顔の特徴
彼女の狂気的な顔の特徴は、「過剰なエネルギー」です。
目を見開く、歯を食いしばる、顔の筋が浮き出る。
これらはすべて、内側に抑えきれないほどの熱量があることを示しています。
冷静沈着に見えて、実は誰よりも情熱的で、誰よりも過激。
そのアンバランスさが、顔のパーツの配置を微妙に歪ませ、見る者に不安感を与える「狂気の顔」を作り出しています。
イェレナの顔=洗脳っぽいと言われる原因
「イェレナの目は洗脳されている人のそれだ」という意見をよく見かけます。
確かに、カルト宗教にのめり込む信者のような、視野狭窄的な危うさを感じます。
しかし、彼女の場合は「誰かに洗脳された」というよりは、「自ら進んで洗脳されにいった」という方が正しいでしょう。
彼女はジークという神を見つけ、その神に仕えることで自分を満たそうとした。
その能動的な依存性が、あのギラついた目つきに表れています。
ただ操られているだけの人形なら、あそこまでの迫力は出せません。
ジークへの信仰が顔に出る描写
彼女がジークを見つめる目は、まさに「崇拝」そのものです。
例えば、原作26巻の飛行船のシーン。
ジークを回収した後、彼女は彼に温かい飲み物を差し出しながら、慈愛に満ちた表情を浮かべます。
そこには、男女の恋愛感情を超越した、神と使徒のような絶対的な信頼関係が見て取れます。
この時の彼女は、間違いなく「世界で一番幸せな顔」をしています。
たとえその直前に多くの人を殺めていたとしても、です。
イェレナの顔が“宗教的”に見える理由
『進撃の巨人』という作品には、壁教や始祖ユミル信仰など、多くの宗教的な要素が登場します。
イェレナの振る舞いは、その中でも最も狂信的です。
彼女が両手を広げて天を仰ぐポーズや、恍惚とした表情は、宗教画に描かれる聖女や殉教者を連想させます。
彼女にとって「エルディア人の安楽死」は、残酷な大量虐殺ではなく、苦しみからの「救済」なのです。
その倒錯した正義感が、彼女の顔に神聖さと不気味さを同時に与えています。
イェレナの顔と性格の関係性
イェレナの性格を一言で言えば「承認欲求の塊」です。
「歴史の目撃者になりたい」「特別な存在でありたい」。
そんな子供じみた、しかし強烈なエゴイズムが彼女の原動力です。
普段のクールな顔は、その欲求を隠すための鎧。
そして時折見せる激しい顔は、鎧の隙間から漏れ出したエゴの奔流です。
彼女の顔の崩れは、彼女の人間としての未熟さや弱さの露呈でもあります。
イェレナの顔が苦手な人の意見
SNSや掲示板では、「イェレナの顔が生理的に無理」という声も散見されます。
これは、彼女の顔が「不気味の谷(人間に似ているが、どこか違和感があり不快感を抱く現象)」を刺激するからかもしれません。
整った顔立ちなのに、表情筋の動きがおかしい。
笑っているのに目が笑っていない。
そうした微細な違和感の積み重ねが、生理的な拒否反応を引き起こしているのでしょう。
美人?ブサイク?評価が割れる理由
イェレナの容姿評価は真っ二つに分かれます。
黙っていれば190cmの長身モデル体型で、目鼻立ちもくっきりした「超美人」。
しかし、一度顔芸を披露すれば「妖怪」「ブサイク」と言われる。

私はそのギャップも含めて、キャラクターデザインとして最高に「美しい」と思います。
彼女ほど、美醜の概念を揺さぶるキャラクターは稀有です。
その評価の揺れこそが、彼女が一筋縄ではいかない人物であることの証明です。
イェレナの顔のモデル・元ネタ考察
公式には明言されていませんが、ファンの間ではいくつかのモデル説が囁かれています。
その独特な中性的な雰囲気から、実在のファッションモデルや、映画『マッドマックス』シリーズのキャラクターなどが挙げられることも。
しかし、あの顔芸に関しては、諌山先生自身の感情の発露や、人間の内面の醜さを表現するためのオリジナルなデフォルメである可能性が高いでしょう。
顔つきが変わったタイミング
物語の終盤、イェレナの顔つきが劇的に変わるタイミングがあります。
それは、マガト元帥によって腕を折られ、自分の正体(マーレ人であること)を暴露された時です。
あの時、彼女は初めて「辱め」を受けた顔をしました。
それまでの超然とした態度は消え、痛みと屈辱に顔を歪めるただの人間になった。
このシーン以降、彼女の「神懸かったオーラ」は消え失せ、物語の退場に向けて静かにフェードアウトしていきます。
彼女の顔の輝きは、嘘で塗り固められた虚構の上でしか成立しなかったのです。
イェレナの目のハイライト有無の意味
アニメ・漫画表現において、目のハイライトは「生気」や「正気」を表します。
イェレナの目からハイライトが消える時、それは彼女が「人間の理屈」から外れた時です。
ジークの論理、つまり「生まれてこないことが最大の幸福」という死の論理に支配された時、彼女の瞳は光を失い、深い闇を映し出します。
それは、生きていながら死んでいるような、虚無の瞳です。
イェレナの表情が“圧”になる理由
イェレナは直接的な戦闘能力は(巨人化能力者やアッカーマン一族に比べれば)高くありません。
それなのに、なぜ調査兵団の面々すら圧倒するような「圧」が出せるのか。
それは「失うものが何もない人間」の強さです。
彼女には守るべき故郷も、帰るべき場所もありません。
ただ目的のために死ねるなら本望。
そのような捨て身の覚悟が決まっている人間が放つ気迫は、どんな暴力よりも恐ろしい「圧」となって相手に伝わるのです。
イェレナの顔が象徴するテーマ(支配・狂信)
最後に、イェレナの顔は『進撃の巨人』という作品の裏テーマである「何かに酔っ払わないとやってられない」というケニー・アッカーマンの言葉を体現しています。
彼女は「世界を救う」という甘美な夢に酔っ払っていました。
あの異様な表情は、その酔いが極限まで達した状態です。
正義や理想に憑りつかれた人間が、どれほど盲目的で、どれほど他者に対して残酷になれるか。
イェレナの顔は、私たち読者に対して、その問いを突きつけているように思えてなりません。
進撃の巨人 全巻を電子書籍サイトで一気読みして、イェレナの生き様を見届ける
この記事の総括

今回は、『進撃の巨人』でも屈指のインパクトキャラ、イェレナの「顔」について徹底的に考察してきました。
彼女の表情一つ一つには、単なるホラー演出以上の、深い意味と物語の伏線が込められていました。
この記事のまとめ
- イェレナの顔の怖さは、感情の予測不可能性と劇画調の作画演出によるもの
- アルミンへの一瞥(原作29巻/アニメ77話)は、作品を象徴する名シーン
- アニメ版では「無音」と「演技」で、静かなる狂気を表現した
- 彼女の表情の裏には、自分を偽り「特別な何者か」になりたいという強烈なエゴがある
- 「美人」と「狂人」の二面性こそが、イェレナというキャラクターの魅力
『進撃の巨人』は読み返すたびに新しい発見がある作品ですが、イェレナの表情に注目して読み返すと、また違った恐怖と哀愁を感じることができるはずです。
彼女が何を見て、何を信じ、そして最後に何を感じたのか。
ぜひ、その目で確かめてみてください。
きっと、あの「顔芸」がただ怖いだけのものではないことに気づくでしょう。

イェレナの顔マネを鏡で練習してみましたが、顔がつりそうになったのでオススメしません(笑)。


