地獄楽という作品に出会った時の衝撃、皆さんは覚えていますか?
極彩色に彩られた美しい島、そこで繰り広げられる血なまぐさい殺し合い、そして得体の知れない不気味な敵たち。
読み進める手が止まらなくなる、あの感覚は唯一無二のものですよね。
物語が進むにつれて、私たちの前に立ちはだかる最大の謎、それが天仙たちを束ねるリーダー、リエン(蓮)の存在です。
最初はただ「冷酷で圧倒的に強いラスボス」だと思っていました。
しかし、物語を読み終えた今、私の中でリエンというキャラクターへの評価は180度変わっています。
「あんなにも人間臭い怪物が、他にいただろうか」と。
この記事では、地獄楽の核心中の核心である「リエンの正体」について、作中の伏線を拾い集めながら徹底的に深掘りしていきます。
なぜ彼はあそこまで執拗に実験を繰り返したのか?
徐福とは一体どんな関係だったのか?
そして、最後に彼が見た景色は何だったのか。
私の個人的な感想や、作中では語られなかった部分への考察もたっぷりと盛り込みました。
かなり長くなりますが、地獄楽という作品を骨の髄まで味わい尽くしたい方は、ぜひ最後までお付き合いください。
(※ここからはネタバレ全開ですので、アニメ派・コミックス未読の方はご注意を!)
この記事のポイント
- リエンは他の天仙とは一線を画す「特別な出自」を持つ存在
- 正体の根幹にあるのは、狂気的なまでの「徐福への愛」
- 「不老不死」の研究は、自身のためではなく愛する者のための手段
- 作中で描かれる残酷な実験の裏にある、悲痛な動機と目的
- リエンの人生を知ることで、地獄楽の結末がより深く理解できる
それでは、極楽浄土の皮を被った地獄の奥底へ、リエンという人物の真実を探しに行きましょう。
地獄楽リエンの正体と作中における特異な立ち位置

ここでのポイント
まず、物語の表層におけるリエンの立ち位置から整理していきましょう。
リエンは初登場時から、明らかに「格」が違うオーラを纏っていましたよね。
他の天仙たちが享楽的であったり、どこか幼さを残していたりする中で、リエンだけは常に冷徹で、まるで機械のように任務を遂行している印象を受けました。
この「違和感」こそが、リエンの正体に繋がる最初の手がかりでした。
彼はただ強いだけではない。何か大きな「意志」のようなものを背負っている。
そんなリエンの特異性について、一つずつ紐解いていきましょう。
リエンの初登場シーンと物語上の役割
リエンが本格的に物語に関わってくるのは、天仙たちが集う会議のシーンや、画眉丸たちが核心に近づいてからのことです。
7人の天仙(正確には天仙様と呼ばれる存在)の中で、リエンは常に「宗師(そうし)」あるいはリーダーとしての振る舞いを見せています。
物語上の役割としては、明確な「ゲームマスター」であり「管理者」です。
画眉丸たち罪人が島に上陸し、化け物たちと戦うというこの状況そのものが、リエンが長い年月をかけて作り上げた「システム」の一部に過ぎません。
私がゾッとしたのは、彼にとって侵入者との戦いですら「データ収集」の一環でしかないという態度です。
感情的な敵よりも、こういう事務的に処理してくる敵の方が何倍も怖いですよね。
例えば、部下の天仙が倒されても、リエンは怒るどころか「データが取れた」と冷静に分析します。
この人間味のなさが、逆に物語終盤で明かされる「人間臭さ」とのギャップを生み、読者に強烈なインパクトを与えることになります。
天仙との関係性から見るリエンの立場
リエンと他の天仙(メイ、ジュファ、タオファ、ムーダン、ラン、グィファ)の関係は、非常に歪です。
彼らは皆、植物の気(タオ)から生まれた兄弟姉妹という設定ですが、リエンだけは「親」に近い視点を持っています。
| 関係性 | 詳細な描写と考察 |
|---|---|
| 支配と服従 | 他の天仙はリエンの命令に絶対服従です。これは敬意というよりは、プログラムされた序列や、逆らえない恐怖によるものに見えます。特にジュファなどがリエンに見せる態度は、厳格な父親に対する息子のそれに近いです。 |
| 教育者 | リエンは他の天仙に対し、房中術やタオの修行を課しています。まるで未完成な作品を完成品に近づけようとする職人のような目線です。失敗作には容赦がありません。 |
| メイへの執着 | 島を逃げ出したメイに対し、執拗なまでの監視や制裁を行っていました。これは「欠陥品」を許さない完璧主義の現れだったのかもしれません。メイがリエンを恐れる描写は、DV的な支配構造すら想起させます。 |
こうして見ると、リエンにとって他の天仙は「家族」ではなく、「目的遂行のための手足」あるいは「予備のパーツ」に近い認識だったのではないでしょうか。
家族団欒のようなシーンもありましたが、どこか空虚で演技がかった空気が漂っていたのが印象的です。
リエン自身もそれを「ごっこ遊び」と認識していた節があります。
リエンは人間なのか、それとも別の存在か
ここが最大のポイントです。
結論から言うと、リエンの肉体は「天仙(植物由来の人工生命体)」ですが、その精神構造や魂の起源は極めて「人間」に近い、あるいは人間の記憶そのものです。
具体的には、リエンはかつて秦の始皇帝に仕え、不老不死の仙薬を探すために島に渡った方士・徐福(じょふく)によって生み出された最初の天仙です。
しかし、ただの被造物ではありません。
リエンには、徐福の亡き妻の面影や記憶、あるいは徐福自身の「妻への理想」が色濃く反映されています。
読者として混乱しやすいポイントですが、
「リエン=徐福の妻(人間)が妖怪になった」
というよりは、
「徐福の妻の役割を演じるために作られ、妻の記憶と意志を植え付けられた完璧な人形」
と解釈する方が、物語の悲哀がより増す気がします。
人間ではないのに、人間の誰よりも人間らしい執着を持っている。この矛盾こそがリエンの正体です。
本来、天仙は植物ベースなので感情が希薄なはず。しかし、リエンだけが強烈な「個」を持っているのは、そこに人間の魂のコピーが焼き付いているからでしょう。
島の支配構造におけるリエンの位置づけ
島(こたく)におけるヒエラルキーの頂点は、形の上では「徐福」ですが、実質的に動いているのはリエンです。
徐福は物語開始時点ですでに「植物化(樹化)」しており、意思疎通ができる状態ではありません(これも後に重要な伏線となります)。
リエンは、動かない徐福を守り、世話をし、復活させるための「城」としてこの島を構築しました。
島の生物(竈神や門神)も、他の天仙も、すべてはリエンが徐福のために作り上げた箱庭の住人。
そう考えると、この島全体が「リエンの愛の巣(狂気バージョン)」とも言えます。
私たちが読んでいて感じたあの島の「生理的な気持ち悪さ」は、リエンの歪んだ愛が具現化したものだったのかもしれません。
他の天仙と比べたリエンの異質性
天仙たちは皆、性別を自在に変えることができます(陰と陽)。
しかし、リエンはそのコントロール精度や戦闘能力において、他の天仙を圧倒しています。
私の考察メモ:
他の天仙(例えばムーダンやジュファ)は、どこか情緒不安定で、快楽や怒りに身を任せるシーンが目立ちます。
これは彼らが「不完全」だからではないでしょうか。
対してリエンは、常に目的を見失わず、感情を理性で押さえつけています。
この「理性的であること」こそが、リエンが最も徐福(人間)に近い存在である証明であり、同時に他の天仙との決定的な違いだと感じます。
また、鬼尸解(きしかい)と呼ばれる最終形態への変身も、リエンの場合は禍々しさの中に神々しさを感じさせます。
それは彼が積み重ねてきた修練の歴史が、他の天仙とは桁違いだからでしょう。
仙人という存在定義から外れるリエンの特徴
一般的に道教における「仙人」とは、俗世の欲望を捨て、自然と一体化し、逍遥(しょうよう)とする存在です。
しかし、リエンはどうでしょうか。
執着、未練、愛欲、支配欲…あらゆる「俗な感情」の塊です。
仙人の術を使い、神のような力を持ちながら、その心は泥臭い人間の情念にまみれている。
リエンは「仙人になり損ねた怪物」ではなく、「仙人の力を手に入れてしまった人間(の情念)」なのです。
この「定義からの逸脱」が、作中で画眉丸たちが感じる違和感の正体だったのでしょう。
「タオ(道)」とは万物の流れですが、リエンはその流れに逆らってでも、愛する人を繋ぎ止めようとした。それは仙人の道とは真逆の、「人の道(修羅の道)」でした。
天仙の中でのリエンの役割と役目
結局のところ、リエンの役割は徐福の意志(とリエン自身が信じているもの)を代行すること。
具体的には、「丹(たん)」の研究と完成です。
数百年、あるいは千年もの間、リエンはたった一人でこのプロジェクトを回してきました。
他の天仙たちを育て、役割を与え、失敗すれば処分し、また新しい駒を作る。
永遠に続く孤独な管理業務。
想像するだけで気が狂いそうになりませんか?
私なら3日で逃げ出しますが、リエンは愛する人のためだけに、この地獄のようなルーチンワークを何百年も続けてきたのです。
この圧倒的な「継続力」こそが、リエンの強さの源泉であり、同時に彼の悲しみの深さでもあります。
リエンの隠された思想と真の目的「愛と狂気」

ここでのポイント
リエンが「徐福によって作られた最初の天仙」であり、「徐福の妻の記憶を持つ者」であることが分かりました。
しかし、単に設定を知るだけでは、彼の本当の恐ろしさと魅力は理解できません。
ここからは、なぜ彼が罪人たちを呼び寄せ、あのような残虐な実験を繰り返したのか、その内面と思想に深く切り込んでいきます。
読めば読むほど、リエンという存在が切なく思えてくるはずです。
徐福思想との共通点とリエンの思想背景
リエンの行動の全ては、徐福の思想に基づいています。
徐福は「不老不死」を追い求めた研究者でした。
リエンはその遺志を継いでいる…と本人は思っていますが、実際には「徐福への盲目的な愛」によって思想が過激化しています。
「大義のためには多少の犠牲はつきもの」
研究者としての徐福が持っていたであろう冷徹さを、リエンはさらに極端な形で実行しています。
彼にとって、人間は「命」ではなく「材料」に過ぎません。
この価値観のズレが、画眉丸たちとの対話が成立しない最大の要因でしょう。
リエンにとっての正義は「徐福の肯定」であり、そのためなら世界中の人間が死んでも構わないという、ある種清々しいほどの狂気を持っています。
仙薬・丹との関わりから考察するリエンの正体
作中で登場する「仙薬(丹)」の正体は、人間のタオを抽出・精製したものです。
つまり、人を殺して搾取することでしか得られないもの。
リエンはこれを「外丹法(がいたんほう)」として確立しました。
ここで注目したいのは、リエンが「人間の魂の構造」を熟知している点です。
ただの化け物なら、人間を食べればいいだけ。
しかしリエンは、人間を生かし、情動を刺激し、タオが最も活性化した瞬間に刈り取るという、極めて効率的かつ悪魔的な手法を取ります。
これは彼が「人間の感情がタオにどう影響するか」を、身をもって知っている(=かつて人間的な感情を持っていた)からこその発想ではないでしょうか。
人間を知り尽くしているからこそ、人間を最も効率的に利用できる。皮肉な話です。
不老不死に対するリエンの価値観
多くの悪役が求める「不老不死」は、自分のためのものです。
「世界を支配したい」「死にたくない」という自己愛。
しかし、リエンの目的は「自分」ではありません。
彼が求めているのは、「徐福の復活」と「徐福との永遠」だけです。
自分の命なんてどうでもいい、徐福さえ生き返れば、その後自分がどうなろうと構わない。
そんな悲壮な覚悟が透けて見えます。
「死」を恐れているのではなく、「徐福がいない世界」を恐れている。
この純愛とも呼べる動機が、リエンを史上最悪の虐殺者に変えてしまったのです。
愛は時に、どんな憎しみよりも恐ろしいエネルギーを生むのだと痛感させられます。
彼にとっての不老不死は、幸福の追求ではなく、終わらない看病を続けるための手段でしかなかったのかもしれません。
リエンが隠している本当の目的
物語の中盤、衝撃的な事実が明らかになります。
リエンの狙いは、単に島で丹を作ることではありませんでした。
島の資源(人間)だけでは、徐福を完全に復活させるには足りなかったのです。
リエンの「日本本土侵攻計画」
- 島の生物(木人)と天仙たちを船に乗せる。
- 人口の多い日本本土へ上陸する。
- 日本の人間すべてを「丹」の材料にする。
- その膨大なエネルギーで、徐福を目覚めさせる。
「たった一人の愛する人を救うために、国一つを滅ぼす」。
このスケールの大きさと、目的の純粋さが狂気です。
セカイ系のような動機を、大人の残酷さで実行しようとしているのがリエンなのです。
「私が世界を敵に回しても、あなたを救う
という言葉はロマンチックに聞こえますが、実際にやろうとするとこれほど恐ろしいことはありません。
リエンの言動に見られる伏線の整理
読み返してみると、リエンは画眉丸に対して奇妙なシンパシーを感じている描写が多々あります。
画眉丸もまた、「妻のために生きて帰る」という強烈な目的を持っています。
リエンは画眉丸の中に、かつての自分、あるいは自分が理想とする「愛に生きる姿」を見ていたのかもしれません。
また、リエンが時折見せる憂いを帯びた表情。
あれは単なる強者の余裕ではなく、長すぎる時間を待ち続けてきた「疲れ」と「絶望」だったのだと気づいた時、胸が締め付けられました。
「いつになったら終わるのか」という問いを、彼は数百年自分に投げかけ続けていたのでしょう。
リエンは敵か味方か?立場の曖昧さを考察
物語の構造上、リエンは間違いなく「敵」です。
しかし、彼の視点に立てばどうでしょうか。
彼はただ、病に倒れた夫を必死に看病し続けている妻です。
そこに土足で踏み込んできて、治療の邪魔をする画眉丸たちこそが「悪魔」に見えていたはずです。
この「正義の反対は、また別の正義(あるいは愛)」という構図が、地獄楽を深みのある作品にしています。
リエンを完全に憎みきれないのは、私たち読者もまた、誰かを大切に想う気持ちを知っているからでしょう。
もしも立場が逆だったら、画眉丸もリエンと同じことをしたかもしれない…そう思わせる危うさがリエンにはあります。
罪人たちとリエンの思想的な違い
画眉丸たち罪人も、生きるために人を殺してきました。
では、リエンと彼らの違いは何でしょうか。
それは「葛藤の有無」と「他者への想像力」ではないかと思います。
画眉丸は殺しを肯定しつつも、妻の影響で「普通の暮らし」への憧れや、命の重さを理解し始めています。
一方リエンは、徐福への愛が大きすぎるあまり、徐福以外の全て(他者の命や痛み)が見えなくなっています。
視野の狭窄(きょうさく)。
それが数百年続いた結果が、あの冷酷な人格なのです。
過去の出来事から読み解くリエンの成り立ち
リエン(のオリジナルとなった人格)は、かつて徐福と共に海を渡りました。
希望に満ちた船出だったはずです。
しかし、たどり着いた島で待っていたのは、終わりのない研究と、徐福の変異。
徐福が徐福でなくなっていく姿を、隣で見続ける苦しみは想像を絶します。
リエンという天仙が生まれたのは、徐福が「妻を永遠に残したい」と願ったからなのか、それとも「自分の研究を引き継ぐ者が欲しかった」からなのか。
どちらにせよ、リエンはその誕生の瞬間から「徐福のために生きる」という呪いをかけられていたのです。
人間としての死を迎えられず、化け物として蘇らされた悲劇のヒロイン、それがリエンの真の姿です。
リエンと「楽園」という概念の関係性
タイトルにもある「地獄楽」。
リエンにとっての楽園とは何だったのでしょうか。
花が咲き乱れ、不老不死が得られるこの島? いいえ、違います。
リエンにとっての楽園は、「徐福が笑って隣にいてくれる日々」そのものでした。
それが失われた今、どれだけ美しい景色に囲まれていても、彼女にとっては地獄でしかなかった。
だからこそ、彼女は現実(地獄)を変えようとあがいたのです。
「地獄楽」とは、リエンが見ていた「美しくも残酷な悪夢」のことだったのかもしれません。
リエンが恐れているものとは何か
最強の力を持つリエンが、唯一恐れていたもの。
それは、自分の記憶の摩耗です。
長い時が経てば、愛する人の顔も、声も、思い出も薄れていきます。
リエンはそれを何よりも恐れました。
「私が徐福様を忘れてしまったら、徐福様は本当に死んでしまう」
そんな強迫観念が、彼を不老不死の研究へと駆り立てていたのだと思います。
この「忘却への恐怖」は、人間なら誰もが共感できる根源的な恐怖ですよね。
何百年経っても色褪せない愛など存在しないと知りながら、それでも抗わずにはいられなかった。その姿は、痛々しいほどに人間的でした。
この記事の総括
ここまで、地獄楽という物語の影の主役、リエンについて長々と語ってきました。
彼の正体が「徐福を愛しすぎたがゆえに怪物となった元人間」であると知った時、この物語は単なるバトル漫画の枠を超え、壮大な「愛の悲劇」へと変貌します。
リエンの行った所業は決して許されるものではありません。
多くの命を奪い、弄び、踏みにじりました。
しかし、その原動力が「たった一人の大切な人を救いたい」という、私たち誰もが持つ普遍的な感情だったとしたら、彼を「絶対悪」として切り捨てることはできるでしょうか。
画眉丸とリエン。
二人は「愛する者のために修羅になる」という点で、鏡合わせのような存在でした。
違いは、未来を選んだか、過去に囚われたか。
リエンの最期に浮かんだ表情は、長い長い呪縛から解放された安らぎだったのかもしれません。
地獄楽を読み返す際は、ぜひリエンの視点に立ってみてください。
冷酷なセリフの裏に隠された、泣き出しそうなほどの孤独と愛を感じ取ることができるはずです。
それはきっと、この物語をより深く、より美しく彩ってくれることでしょう。
この記事の総括
- リエンの正体は、徐福によって作られた最初の天仙であり、亡き妻の記憶と役割を継ぐ存在。
- 世界征服のような野心ではなく、「徐福の復活」という個人的な愛が全ての行動原理だった。
- 不老不死の研究や日本侵攻計画は、愛する人を救うための狂気的な手段に過ぎない。
- 画眉丸との対比によって、物語は「愛と執着」「生と死」を問う深いテーマへと昇華された。
- リエンは恐ろしい敵だが、同時に最も人間らしい悲しみを抱えた孤独な魂だった。
リエンの正体を知ることで、地獄楽の世界観がガラリと変わります。
正義と悪、愛と狂気。
その境界線上で揺れ動くリエンの生涯に、改めて思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!



