『進撃の巨人』という作品は、巨人の謎、壁の秘密、そして人類の自由を巡る壮大な物語ですが、キャラクター一人ひとりの設定にも驚くべき深みと謎が隠されています。
その中でも、物語の鍵を握る重要人物でありながら、最後まで読者を煙に巻き続けたのが、調査兵団第14代団長「ハンジ・ゾエ」の性別です。
「ハンジさんは女性だと思っていたのに、原作の書き方がどうも中性的だ…」
「アニメの声は女性っぽいけれど、漫画だと『男』っぽく見える瞬間がある」
「結局、公式設定はどうなっているの?誰か正解を教えて!」
そんなモヤモヤを抱えたまま、物語を読み進めている方も多いのではないでしょうか?
実は、ハンジの性別が不明確であることには、作者である諫山創先生の「ある強烈なメッセージ」と、作品全体のテーマに関わる深い理由が存在します。
単なる設定のブレや隠し事ではなく、ハンジ・ゾエという人物を「ハンジ・ゾエ」として成立させるために不可欠な要素だったのです。
この記事では、『進撃の巨人』を全巻ボロボロになるまで読み込んだ筆者が、ハンジの性別にまつわる公式見解から、原作とアニメの決定的な描写の違い、そして海外での意外な扱いまで、あらゆる角度から徹底的に解説します。
これを読めば、あなたが抱いていたハンジ像が良い意味で崩れ去り、もう一度第1巻から読み返したくなること間違いなしです。
あの狂気的な巨人の研究シーンも、団長としての苦悩の表情も、すべてが違って見えてくるはずです。
この記事のポイント
- ・公式の回答は「性別は明言しない」が正解であり、これには深い意図がある
- ・作者・諫山創は「神聖かまってちゃん」の楽曲をハンジのモデルに挙げている
- ・アニメ版は女性的描写が目立つが、原作漫画は徹底して中性的なデザイン
- ・海外翻訳版では「He」も「She」も使わない特別な措置が取られている
- ・「性別」という枠組みを超えた存在であることが、調査兵団の多様性を象徴している
※ネタバレ注意
この記事には『進撃の巨人』のアニメおよび原作コミックスの結末に関わる重要なネタバレが含まれています。
未読・未視聴の方は、DMMブックス等で最新刊までチェックしてから読むことを強くおすすめします。
解明!進撃の巨人「ハンジ」の性別に関する公式設定と作者の思想

この記事のポイント
まず、最も多くのファンが知りたいであろう「公式な正解」について解説します。
結論から申し上げますと、ハンジ・ゾエの性別は公式に「不明」あるいは「明言を避ける」と設定されています。
これは「作者が決めていない」という適当な理由ではありません。むしろ、作者である諫山創先生が「意図的に隠している」、さらに言えば「性別という概念をハンジに当てはめることを拒否している」と言ったほうが正確でしょう。

作者自身が「性別はどっちでもいいこと」と言い切っているのが面白いポイントだよね。普通はプロフィールで埋めたくなるところだけど。
ハンジの公式な性別設定と諫山創の回答
連載初期から中期にかけて、読者からの「ハンジは男ですか?女ですか?」という質問は殺到していました。
これに対し、諫山先生は自身のブログ(現在は閉鎖または過去ログ状態)や『別冊少年マガジン』のQ&Aコーナーで、一貫して以下のようなスタンスを取っています。
ここでのポイント:諫山先生の主な回答要旨
- 「ハンジの性別は明言しない方がいいと思った」
- 「性別はどちらでもいいこと」
- 「読者のご想像にお任せします」
特に印象的なのは、2011年頃のブログ記事での発言です。
そこで先生は、「この質問(性別について)は答えなくてもいいかな」としつつ、ハンジというキャラクターの本質が「性別」に依存しないものであることを示唆しました。
漫画のキャラクターにおいて、性別は通常、デザインや役割を決める最初期の重要項目です。
しかし、『進撃の巨人』においては、巨人の脅威の前に人類がいかに無力であるか、そして個人の意志がいかに重要であるかが描かれています。
ハンジに関しては、その「意志の強さ」や「知的好奇心」が最優先され、性別という属性は二の次、三の次とされたのです。
作者が語ったハンジのジェンダー観とモデル楽曲
では、具体的なモデルやイメージはあったのでしょうか?
実は、諫山先生はハンジのキャラクターソング(イメージソング)として、ある日本のロックバンドの楽曲を挙げています。
それが、神聖かまってちゃんの『自分らしく』という曲です。
この選曲が、ハンジの性別論争における最大のヒントとなっています。
『自分らしく』の歌詞には、「僕は僕だし 私は私だし」といった、一人称が揺れ動くフレーズや、社会的な枠組み(男らしさ、女らしさ)に囚われずに生きようとするメッセージが込められています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| イメージ楽曲 | 神聖かまってちゃん『自分らしく』 |
| 楽曲の特徴 | 男女の境界線を感じさせない歌詞、社会規範への反抗、アイデンティティの肯定。 |
| ハンジとの共通点 | 「男だから」「女だから」ではなく、「自分」として生きる姿勢。常識外れな行動力。 |
諫山先生はこの曲の世界観こそがハンジであると語っており、ここからもハンジを「男性」や「女性」という既存の箱に押し込めることが、キャラクターの魅力を損なうと考えていたことが分かります。
ちなみに、神聖かまってちゃんはアニメ第2期のエンディングテーマ『夕暮れの鳥』や、The Final Seasonのオープニング『僕の戦争』も担当しており、諫山先生がこのバンドの世界観にいかに影響を受けているかが伺えます。
アニメのオープニング映像も独特の狂気を含んでおり、ハンジの内面世界とリンクする部分が多いので、ぜひDMM TVなどで改めて映像と合わせてチェックしてみてください。
[DMM TVでアニメ『進撃の巨人』のOP/EDを確認する]
キャラクター設定資料と「山田花子」の謎
さらに踏み込んだ裏話として、ネーム(漫画の下書き段階)でのハンジの仮名が「山田花子」だったというトリビアがあります。
「山田花子」といえば、日本人なら誰もが知る典型的な女性名です。
これをもって「初期設定は女性だった!」と主張する説もありますが、漫画制作において「山田花子」や「山田太郎」は、単なるプレースホルダー(仮置きの名前)として使われることが一般的です。
また、公式ガイドブック『進撃の巨人 OUTSIDE 攻』などのデータブックにおいても、ミカサやクリスタの性別欄には「Female(女性)」と明記されているのに対し、ハンジの性別欄は空欄であったり、言及されていなかったりと徹底されています。

身長170cm、体重60kgという数値設定も絶妙だよね。女性にしては大柄で筋肉質、男性にしては少し小柄。まさに境界線上の数値。
海外ファンの性別認識と翻訳ルール
日本国内以上にジェンダー論が活発な海外では、ハンジの性別は非常にセンシティブかつ熱いトピックです。
実は、英語版のコミックスを出版するKodansha Comics(講談社USA)に対し、日本の編集部・作者サイドから「ハンジに対して特定の性別を示す代名詞(HeやShe)を使わないように」という異例の指示が出されています。
ここでのポイント:海外版の翻訳における工夫
- 代名詞の回避: 英語では通常、人物を指す際に”He”か”She”が必須だが、ハンジに関しては名前(Hange)を繰り返すか、受動態を使って主語を消す等の工夫がされている。
- ファンの解釈: 海外ファンサイト(Wiki等)でも、Genderは「Ambiguous(曖昧)」と記載されるのが通例。
- アニメの影響: ただし、アニメの字幕や吹き替えの一部では、言語構造上どうしても性別を分けざるを得ない国もあり、そこでは女性として扱われるケースが多い。
このように、ハンジの性別不詳設定は、日本国内に留まらず、世界規模で徹底された「公式ルール」なのです。
ここまで徹底されていると、逆に「性別を知ろうとすること自体が野暮」と思えてきませんか?
徹底検証!原作・アニメの演出差と読者を迷わせる要因

この記事のポイント
公式設定が「不明」であることは分かりましたが、実際に作品を見ていると「あれ?今のは女性っぽい?」「いや、やっぱり男か?」と混乱するシーンが多々あります。
特に、原作漫画から入ったファンと、アニメから入ったファンでは、ハンジに対する印象が大きく異なることがあります。
ここでは、メディアごとの表現の違いや、作中の具体的な描写を細かく比較し、なぜ私たちの解釈がこれほどまでに揺さぶられるのかを検証します。
原作漫画とアニメの演出差:胸の膨らみと骨格
最も顕著な違いは、身体的な特徴の描写です。
【原作漫画の場合】
原作のハンジは、初期から終盤に至るまで、体型が非常に平面的に描かれています。
調査兵団のジャケットを着ている時はもちろん、インナー姿になった時でも、胸の膨らみはほとんど確認できません。
また、腰のくびれや骨盤の広さといった女性特有の骨格描写も意図的に避けられています。
特に注目してほしいのが、単行本に収録されている「嘘予告」や「スクールカースト(巻末のオマケ漫画)」です。
ここでは他のキャラクターが極端なパロディ姿で描かれる中、ハンジだけは常に性別不詳のまま、あるいは極端に不潔な(風呂に入らない)キャラとして描かれ、性的な記号を剥奪されています。
【アニメ版の場合】
一方、アニメ版ではキャラクターデザインの都合上、ある程度の立体感が必要になります。
そのため、シーンによっては胸部に女性らしい膨らみの影が入っていたり、まつ毛が長く描かれていたりと、視覚的に「女性」として認識しやすいデザインになっています。
例えば、アニメ第1期のオープニング映像などで、風に吹かれるハンジのシルエットを確認すると、明らかにミカサやサシャに近い体つきに見えるカットが存在します。
これが「アニメのハンジは女性」という認識を広めた大きな要因です。
原作の細かいタッチや、アニメではカットされたり変更されたりした「中性的な表情」を確認したい方は、ぜひ電子書籍で原作をチェックしてみてください。
特に中盤のクーデター編でのハンジの「冷徹な男のような顔」と「母性溢れる顔」の描き分けは必見です。
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アニメ版での声優・朴璐美の演技力
アニメ版ハンジの魅力を決定づけたのは、声優・朴璐美(パク・ロミ)さんの演技です。
朴璐美さんといえば、『鋼の錬金術師』のエドワード・エルリック役など、少年の声に定評がある方ですが、同時に大人の女性の色気ある声も出せる稀有な役者です。
ハンジ役においては、以下のような絶妙なバランスで演じ分けられています。
- 研究モードの時: 早口でキーが高く、少しヒステリックな女性らしさを含む。
- 戦闘・指揮モードの時: ドスの効いた低音で、男性顔負けの威圧感を放つ。
- 日常会話: 性別を感じさせない、フラットで親しみやすいトーン。
この「声の性別も揺れ動く」演技こそが、アニメ版ハンジの真骨頂です。
特にファイナルシーズンでの、リヴァイに向けた最期の言葉の震え方は、性別を超えた「人間としての深い愛情」を感じさせます。
ハンジの一人称と口調の特徴
ハンジの言葉遣いもまた、読者を混乱させる巧妙な仕掛けの一つです。
| 要素 | 特徴と分析 |
|---|---|
| 一人称 | 基本的に「私(わたし)」を使用。 「俺」や「僕」は使わないが、「私」は男女兼用のため決定打にはならない。 |
| 話し言葉 | 「~だろ?」「~くれよ」といった乱暴な男言葉と、「~よね」「~かしら?」といった女性的な語尾が混在する。 |
| 対人関係 | リヴァイに対しては対等な戦友として接し、部下に対しては面倒見の良い姉御肌、あるいは兄貴肌として接する。 |

モブリットがハンジを諌める時、「分隊長!」と役職で呼ぶのもポイントだよね。もし女性扱いするなら、もっと違う接し方になるはず。
実写・舞台版での性別表現の違い
メディアミックス作品では、生身の人間が演じるため、性別を決定せざるを得ない場合があります。
【実写映画版(進撃の巨人 ATTACK ON TITAN)】
石原さとみさんが演じました。このキャスティングは明確に「女性」としてのハンジです。
原作の奇行種的な部分を強調しつつも、ビジュアルは美しい女性として描かれました。RPGをぶっ放すシーンなどは「強い女性」の象徴として描かれています。
【舞台版(ライブ・インパクト等)】
舞台によっては、男性キャストが演じることもあれば、女性キャストが演じることもあります。
また、宝塚歌劇団での上演版(『進撃の巨人』-The Musical-等とは別企画の構想段階の話も含め)では、男役が演じるのか娘役が演じるのかという議論もファンサイトで盛り上がりました。
このように、「演じる媒体によって性別が変わる」こと自体が、ハンジというキャラクターの特異性を証明しています。
中性的キャラクターとしての立ち位置と魅力
なぜここまで性別が曖昧なことが、魅力に繋がるのでしょうか?
それは、ハンジが担う役割が「既存の価値観の破壊」だからです。
壁の中の人類は、「壁の外は地獄」「巨人は恐怖の対象」という固定観念に縛られていました。
しかし、ハンジだけは巨人に触れ、名前を付け、愛でることで、「理解不能な恐怖」を「研究対象」へと変えました。
「男らしさ」「女らしさ」という固定観念にも縛られないハンジだからこそ、常識の壁を越えて真実に近づくことができたのです。
もしハンジが典型的な「マッドサイエンティストの男」だったら、あるいは「変人の女博士」だったら、ここまで読者の共感を得られなかったかもしれません。
性別というノイズがないからこそ、私たちはハンジの「純粋な知性」と「狂気」、そして「優しさ」に直接触れることができるのです。
ハンジを女性と見る根拠・男性と見る根拠の総まとめ
最後に、読者の間で議論される根拠を整理しておきます。あなたはどちらの説を支持しますか?
【女性説の主な根拠】
- アニメ版の胸のシルエット描写。
- リヴァイやエルヴィンとの体格差。
- モブリットの献身的な態度が、女性を守るナイトのように見える。
- 初期ネームが「山田花子」。
- トイレや入浴シーンが描かれない(女性としてのプライバシー配慮?)。
【男性・中性説の主な根拠】
- 原作での胸の描写のなさ。
- 男性兵士と同じ部屋で寝起きしている可能性。
- 一人称「私」は軍人・学者としての公的なもの。
- 「神聖かまってちゃん」の楽曲に見るジェンダーレスな精神。
- 何より、作者が「明言しない」ことを選んだ事実。
どちらの解釈も間違いではありません。
ハンジの懐の深さは、どんな解釈も受け入れてくれるものです。
物語の終盤、ハンジは調査兵団団長としての重責を果たし、壮絶な最期を遂げます。
その際に見せた表情や、死後の世界で仲間たちと再会した時の笑顔。
そこに性別の壁はありませんでした。
ただ「自由の翼」を背負った一人の勇敢な兵士がいただけです。
あの感動的なシーン、アニメで見た方も多いと思いますが、原作の筆致で描かれる「ハンジの眼差し」は別格です。
セリフの間や、背景の余白に込められた感情を読み取るには、やはり漫画で読むのが一番です。
もし手元に原作がないなら、DMMブックスでその巻だけでも読んでみてください。
電子書籍ならかさばらず、いつでもハンジに会えます。特に最終回付近の加筆修正ページなども要チェックです。
この記事の総括

いかがでしたでしょうか。
今回は『進撃の巨人』のハンジ・ゾエの性別について、公式設定から作中の詳細な描写まで深掘りしてきました。
この記事の要点をまとめます。
この記事の総括
- ・公式設定は「不明」:作者・諫山創は意図的に性別を明言せず、読者の想像に委ねている。
- ・モデルはジェンダーレス:神聖かまってちゃんの『自分らしく』をイメージソングとし、既存の枠に囚われないキャラクターを構築した。
- ・媒体による違い:アニメはやや女性的、実写は女性、原作は中性的と、メディアによって表現が異なる「多面性」を持つ。
- ・役割が全て:調査兵団において重要なのは性別ではなく、能力と「心臓を捧げる覚悟」である。
- ・ハンジはハンジ:男性か女性かという議論を超えて、「ハンジ・ゾエ」という一人の人間として愛されるべき存在。
ハンジの性別を知ろうとすることは、この物語の深層に触れる旅のようなものです。
「男か女か」という答えの出ない問いを抱えながら読むことで、私たちはハンジの言動の一つひとつに、より深く注目するようになります。
そして気づくのです。
ハンジの魅力は、性別なんかでは到底計り知れないほど巨大であることを。
この記事を読んで、もう一度『進撃の巨人』の世界に触れたくなった方は、ぜひ原作漫画やアニメを見返してみてください。
きっと、以前とは違った景色が見えてくるはずです。
ハンジ・ゾエという稀代のキャラクターに出会えた幸運を、共に噛み締めましょう!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


